猫と暮らせば。

君と生きる、この世界で、この家で、君たちと生きていく。

【君と生きるために】共に生きる場所(4) 冷たい手

 大方の荷物を隣町の新居に見送った後、私は大家さんに電話をかけた。大家さんは徒歩10分ほどのところにある大きな和風の邸宅に住んでいて、毎年、お中元やお歳暮を持って季節の挨拶に伺ったりしていたので、よく顔を見知っていた。

 間もなく大家さんがやってくるという段になって、シャンをどうしようかと迷う。まさか、シャンを飼っていたことを知られるわけにはいかない。慌ててシャンを縁側の下に隠した。多少鳴いたところで、腰の曲がった大家さんがわざわざ縁側の下を覗いたりはしないだろうと高を括って。

 大家さんは、ほとんど空っぽになった部屋をひとつひとつ見回してチェックをし、「きれいに使ってくれてありがとう」と言って下さった。

 本当は、シャンが引っ掻き回した襖の枠の爪痕なんかが気になってはいたのだが、その辺りも大家さんは何も言わずに見過ごしてくれたようだ。私が退去した後、リフォームをすることになっていたと後から知り、多少の傷をわざわざとやかく言う必要がなかったのだろうと察した。

「いつもありがとう。良い人が住んでくれて良かったと思ってたんです。いつでも顔を見せに来てくださいね」

 柔らかな笑顔を残し、大家さんは帰っていった。

 引っ越しはするけれど、この年もお歳暮を持ってご挨拶に行こうと、私は心に決めた。

 駐車場を挟んで隣の長屋には、年配のご夫婦が住んでいた。足の悪いおばあさんに頼まれて、私はたまに買い物を手伝ったりしていた。そのお礼に、煮物のお裾分けや手編みの靴下を頂いたりしていて、『サザエさん』のようなご近所付き合いが存在する嬉しさを感じたものだ。

 引っ越しの挨拶をすると、おばあさんは大変残念がってくれた。この時は、涙が込み上げてきた。引っ越し先は隣町とはいえ、お隣さん同士でなくなってもお付き合いをするような関係ではない。

 初めてのひとり暮らしのお隣さんが、このご夫婦で良かったと心から思った。

「今までありがとうございました」

 

 挨拶を済ませ、シャンを自転車の荷台に乗せて新居に向かった。

 新居では、友人が手近な箱を開けて片づけを進めてくれていた。

 友人にシャンを預け、ふたつの家を行ったり来たりしながら残りの荷物を新居に運び込み、最後にガスコンロを自転車に積んで部屋の鍵をかけ、大家さんに鍵を返却して、やっと荷物の移動を終わらせることができた。

 

 荷解きが終わっていない状況で、暖房器具は使えなかった。

 友人が帰って、夜になっても作業は終わらなかった。それでも、翌日は仕事がある。

 片付けもそこそこにシャワーを軽く浴びて眠ることにした。

 夜は冷え込みが厳しかった。かじかむ手を布団の中で握り合わせて丸くなっていると、引っ越し後も動じることなく昼間は日向ぼっこをしたり新居を走り回ってご飯をもりもり食べていたシャンが、布団に潜り込んできた。

 

 引っ越したばかりの家は、どちらかといえば新しかったけれど、前の家のような温かさはなかった。それでも、冷えた手を温めてくれる存在がいる。

 この子と一緒に生きていくと決めたのだ。

 

 あなたが信じてくれるから 私はここにいる……